最初は風邪と誤診された母の肺がんについて。【体験ブログ】
「風邪薬をだしときます」先生の診断はこうでした。
私の母が癌に為りました。
母の家族は13人家族と多くその内3人は癌で亡くなっているのである程度の知識はあると想われてる母が癌になりました。
そして症状に気づいたのは母ではなく息子の私でした。
私は実家から離れて暮らしていました。
結婚を境に今までそんなに実家に帰っていなかったのが帰るようになり、待望の孫ができてから余計に帰るようになりました。
今となっては孫様々だと思っています。
実家に帰ったときに母が咳をしていました、そんなにひどくはなくコンコンとするくらいでその時は風邪かなと思いながら「どれくらい前から咳をしているの?」と聞いたら1ヶ月はたつと言われました。1ヶ月以上する風邪なんてないと言いそのまま近くの内科へつれていきました。
「風邪薬をだしときます」
先生の診断はこうでした。
僕もそうかなと思ったのですが何かのテレビで聞いた言葉で「どんな薬でも3日たったら症状がでてくる、出てこないのは薬が体にあっていないから」と言うのを信じてきてましたので母にも3日風邪薬で様子を見ました。
結果、全然改善されてはなくすぐ呼吸器科へ行きレントゲンをとってもらいみてもらうともう少し大きな病院でないとはっきりわからないから病院を紹介しますと言われ病院で検査になりました。
正直ここの段階では結核かなと安易な考えでいましたが病院の診察しての結果は肺がんの疑いがあるといわれました。
どうしようと思っていると疑いがあるので精密検査が必要で、その精密検査が1ヶ月先まで予約でいっぱいと言われ激怒、すると一週間後にできると言われました。
目の前に癌の疑いがある患者がいるのに精密検査が1ヶ月先っておかしいでしょ。精密検査の結果は不幸にも肺腺癌でした。
進行が早いと言われステージ3bで放射線治療は難しく抗がん剤からと言われ、手術も出来ない現状をしり家族みんなで本心状態でした。
セカンドオピニオンも考えました、ここの病院がダメなだけで他の癌に有名な病院だと手術はできるのでは?母はセカンドオピニオンは断りました。
「ここの先生が優しく信用できるのでここにしたい」、本人の尊重には誰もNOとは言えませんでした。
抗がん剤も新しいのがどんどん出てきて今は嘔吐などの副作用もない薬があるので薬に期待しようと思っていると母の肺腺癌でも種類がいろいろあるらしく従来からある薬でしか無理と言われそこから母の抗がん剤での副作用の辛い戦いが始まりました。
投与してから3日間くらいは母は大変辛そうでした、ただそれを知ったのも後になってからでした。
見舞いに行った時は少しだるい感じなだけで孫の話をききたがり、早く元気になって遊ばないとねとただ病棟でそれをよくいっていました。
何回か抗がん剤を投与し、家ではニンジンをスロージューサーでジュースにし、改善されると言われる事は出来るだけやってみた結果、癌が小さくなり手術が出来るようになりました。
現在は飛び上がるまでには行きませんが孫と公園には一緒に行けるようになりました。
その姿を見るたびに病棟で孫と遊ばないとねと言った母の言葉を毎回思い出します。生きたいと思う力は何よりも特効薬だと私は思います。”