喉頭ガンのステージⅢが発症した祖父への告知と治療。【体験ブログ】
とても元気で、いつも人の中心にいた祖父が、喉の不調を訴えたのは亡くなる2年前の事でした。
もともと、お酒やたばこが大好きでしたが、なんの病気もなく今まで健康でいられたのがとても不思議なくらいでした。
でも、70歳を少し過ぎたある日の事、喉の不調を訴えたのです。
始めのうちはただの風邪かと思っていたのですが、父祖が喉が詰まるような感覚をお医者さんに訴え、念のため検査したところ、喉頭ガンということが判明しました。
喉頭ガンは声帯のあたりに発生するので、喉が詰まるような感覚だったようです。
すでにステージⅢでしたので、お医者さんと相談し切除の手術を行えるかどうか、そして祖父に最後まで告知をすかどうかの話し合いが始まりました。
どういう風に祖父に説明するのか悩みました
外科手術によってある程度はガンを切除することは決まったものの、食事はチューブを通してのものになる事が分かった時は途方にくれました。
そして、手術が声帯に影響するので声を出しにくくなること、手術後つばを飲み込むのが困難になること、たんやつばで喉をつまらせないように専用の装置を使って取り除く必要があることなどの説明を受けた後、これを一体どういう風に祖父に説明するのか悩んだ事を今でもはっきり覚えています。
親族の幾人かと一緒に祖父に病状、手術、手術後治療の説明しましたが、祖父の質問は、「それで、治るのか?」だけでした。
頭はそんなよくありませんでしたが、空気を読むのがとても上手い人でしたので、おそらく自分の病気が深刻なものであることに気づいていたはずです。
結局、亡くなるまで告知はしませんでした。
本当にこれでよかったのか今でも分かりません。
祖父の治療内容。声帯切除手術する?
喉頭ガンの初期であれば、放射線療法によって切除できる確実が高いそうすが、祖父の場合はもっと進行していたため、外科手術で直接切除する方法になりました。
声を少しでも出せるようにしておきたかったため、部分切除術での方向でお医者様にお願いしました。
全摘出は声帯ごとの切除になるからです。
それで、最終的に部分切除と抗がん剤による科学療法の併用で様子を見るという事に決まります。
手術は成功したものの、食事をチューブで摂るという過酷は状況でした。
栄養は摂っているものの、体はみるみる痩せていきます。声の方はわりと調子がよく、かすれながらも声を出して会話をする事ができ、たまに民謡なども披露してくれました。
頭ははっきりしているために、自分の体の状態は自分でよく把握できていたようです。
それで、必要な時に自分で呼び出しボタンを押すこともできて、親族が毎日病室に寝泊まりする必要はなかったので、それは看護の負担を大幅に減らしてくれました。
手術から1年経過したころの検査によって、喉頭ガン再発とリンパ節に移転が確認されました。
これは、最後のステージと判断されたので病状悪化の緩和を目的とした治療のみの選択です。
呼吸困難や、喉の痛みも日に日に悪化していきました。
しかし、最後まで声を出すことができたのは、不幸中の幸いだったと思います。
ただ、最後まで好きなものを食べさせてあげられなかったのが残念でなりません。
喉頭ガンはほぼ風邪と同じ症状なので、発見を見過ごすこともあるそうですが、早期発見であれば放射線治療で完治する事も可能だそうです。
正しい食生活やたばこを控えるなど簡単な事で予防できるらしいので、私はたばこは吸いませんが、規則正しい食習慣によってガンの予防対策今からでもしなければならないと父祖を見て思いました。