ピーコさんの場合。メラノーマ(悪性黒色腫)を発症。【癌の芸能人・有名人】



ピーコ ガン

眼球のリンパ管に腫瘍が入り込んでしまえば、体中に転移してしまう危険性

ピーコさん(本名:杉浦克昭さん)は、1945年1月18日生まれでシャンソン歌手であり、日本のタレント・ファッション評論家・ジャーナリストです。

一卵性双生児の弟に、映画評論家である「おすぎ」さんがおり、ともにデビュー時から同性愛者であることを公表しています。

そんなピーコさんは、1989年8月に自分がメラノーマ(悪性黒色腫)を発症していることを知ります。

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ピーコさんは、横浜市立桜丘高等学校を経て、文化服装学院研究専門部を卒業しています。

ピーコさんは、主にタレント及びファッション評論家として活動しています。
しかし、シャンソン歌手としても活動しており、その活動自体は多くはないのですが、CDを出したり、コンサートも行っています。

ピーコさんは、高校卒業後には横浜トヨペットに入社。

その後、電飾工場への転職を経て、1964年にサンヨーレインコートに入社しました。

しかし、24歳の時、「今後ファッションの仕事をしていくには基本から勉強しなくてはいけない。

素材やデザインなどにも精通していなければプロとは言えない」「(シャンソン歌手の)イブニングドレスが作りたい」という気持ちから、弟であるおすぎさんが阿佐ヶ谷美術学校を卒業し、その後に広告代理店に就職したのを機にして、サンヨーレインコート社を退職します。

その後、文化服装学院のデザイン科に入学しました。

ピーコさんと芸能界の最初の関係としては、ピーコさんが26歳の時、弟であるおすぎさんを経由して、裏方としてドラマ衣装の製作を頼まれたのが最初となります。

そして、1975年、弟のおすぎさんと共に、「おすぎとピーコ」という双子のオカマコンビとしてテレビ・ラジオデビューを果たします。

ピーコさんがこれまでに出演した番組の中で、一番長いものは「辛口ピーコのファッションチェック」です。
まず、TBSの「3時にあいましょう」から始まり、「スーパーワイド」、その後は局をまたいで、フジテレビの「ビッグトゥデイ」や、後に司会を務めた同局の「2時のホント」に受け継がれました。

そして、その番組終了後は再びTBSに戻り「ジャスト」、その後はまたフジテレビに戻り、「F2スマイル」へと、テレビ局の垣根を越えて、コーナーが引き継がれています。

2008年には、月曜日にフジテレビの「とくダネ!」に出演した後、新幹線で大阪に移動し、FNNスーパーニュースアンカー(関西テレビ)に出演。

その翌日には、3時からちちんぷいぷい(毎日放送)に出演した後、すぐに東京に帰るというハードスケジュールを毎週こなしていました。

さらにナイターオフには、ちちんぷいぷいの後、上泉雄一さんの発信!UWAらじお(MBSラジオ)にも月1回出演していました。

1989年、悪性黒色腫の診断を受けて左眼を摘出し、義眼を挿入

その頃から、現在もトレードマークとなっている黄色いレンズの眼鏡をかけるようになりました。
また、この病歴から、現在のACジャパンである公共広告機構の「アイバンク」のCMにも出演しています。

弟のおすぎさん経由でドレスを作って以来の大親友である女優、吉行和子さんは、ピーコさんの癌治療の際、東京から小田原の病院まで毎日お見舞いに通っていたそうです。

また、手術以降、ヒットする仕事が無い時期もあったピーコさんでしたが、「SMAP×SMAP」で中居正広さんが自身のパロディキャラクター「ヒーコ」を演じたことから再び人気が再燃することになりました。

最初にピーコさんが目に異変を感じたのは、原稿を執筆している時であり、原稿用紙の横線位置が分からず、左目がかすみ左目だけで見ると右目だけで見るよりも小さく見えてしまったそうなのですが、痛みもなく、これまでも大きな病気もした事がなかった為に病院へは行かずそのまま半年が過ぎました。

1989年8月、おすぎさんとピーコさんは、1年に1度の健康診断を受ける事となり、静岡県熱海市にある熱函病院を訪れ、とくに異常はなく一安心した所、院長の奥様が以前から目の不調を訴えていたピーコさんを心配して眼科医に診て貰う事を提案。

訪れた眼科医の診断は左目の網膜剥離で、このままでは失明の可能性もあると告知しました。翌日院長に紹介された小田原市の病院で診察を受けたピーコさんは、造影剤を注射し造影写真を何枚か撮りました。その結果、医師が告げたのが「これがメラノーマ(悪性黒色腫)だ」という言葉でした。

国内で年間1500人~2000人が発症

メラノーマ(悪性黒色腫)はメラニン色素を作る細胞であるメラノサイトが癌化して起こる悪性腫瘍で、ホクロと似た形状の為に放置してしまうケースが多く、国内で年間1500人~2000人が発症しており、転移すると90%が5年以内に死に至ると言われている悪性度の高い腫瘍です。

ピーコさんの場合は、眼球の後ろ側の網膜を覆っている脈略系に発症しており、目の中に発症するのは30万人に1人と言われるほど珍しいケースで、眼球のリンパ管に腫瘍が入り込んでしまえば、体中に転移してしまう危険性がありました。


腫瘍が転移し、もし神経経に達した場合は死は免れません。
医師はピーコさんに「メラノーマが1㎝以下ならなんとなるが、ピーコさんのメラノーマは1.4㎝もある。
目は全摘出しないと癌が神経経へ移転して死亡する確率が高い」と告げました。

そのため、ピーコさんは一人で左目を摘出する事を決断。1989年の8月26日に手術を受ける事となりました。

手術は眼球を支える6か所の筋肉と脳と繋がる視神経を切断して、左眼球を取り出すもので通常20分ほどで終了するものでしたが、ピーコさんの場合は眼球に圧力をかけると癌細胞が散らばって移転する可能性があった為、慎重に手術が行われ、その手術時間は2時間もかかったそうです。

手術後に入れた義眼は傷口に合わせて作るので、傷口が治る度に何度も作り直しをしなければなりません。

そのため、これまでに35個の義眼を作ったとピーコさんは後に語っています。

ピーコさんが義眼になって初めての仕事をする際にかけたメガネも、今ではトレードマークになっています。

そして、辛口のおしゃべりも依然と変わらず元気なピーコさんは、左目を失ってからは目の病気に苦しむ人やその家族が集まる講習会などに参加するようにしており、多くの人に希望を与えたいと現在も頑張ってらっしゃいます。

これからも健康に気を付けながら、多方面に活躍していってほしいなと思います。

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