石坂浩二さんの場合。直腸癌の手術を経て。【癌の芸能人・有名人】
石坂浩二さんが患った直腸癌は、大腸癌の中でも肛門の近くに発生する癌
石坂浩二さんは、1941年6月20日生まれ、東京府東京市京橋区(現:東京都中央区銀座)生まれの大田区田園調布育ちであり、日本の俳優・タレント・司会者・画家・作家・翻訳家・作詞家・ナレーターです。
そんな石坂浩二さんは、時代劇「水戸黄門」4代目水戸光圀公役を演じはじめて1年足らずの2002年に直腸癌を患っています。
石坂浩二さんの経歴、芸歴は?
石坂浩二さんは、高校時代の1958年、ドラマ「お源のたましい」に通行人のエキストラで出演しデビュー。
その後、大学を卒業した翌年に出演した「泥棒たちの舞踏会」において、演出家である浅利慶太さんのスカウトをきっかけにして劇団四季へ入団します。
劇団四季では演出部に所属し、浅利さんのサポートを務め、劇団在籍中に台本・作詞を手掛けた子供向けミュージカルである「王子とこじき」は石坂浩二さんが退団した後にも上演され続け、2014年においてもいまだにファミリーミュージカルの演目の1つとしてリストアップされています。
しかし、演出助手とドラマ・映画出演の両立は多忙を極めたため、1967年のTBSドラマ「平四郎危機一発」の出演中に倒れてしまいます。
その際に胃潰瘍と診断されたことにより、劇団四季を退団することとなります。
その後、石坂浩二さんは松竹映画「日も月も」、「風の慕情」で主演を果たし、また、NHK大河ドラマにおいては「天と地と」を皮切りに「元禄太平記」、「草燃える」と3作品で主演を務めました。
1970年代前半にはTBSの人気タレント調査で3年連続1位となり、JNNデータバンク調べによる好感度タレントの支持率調査では、1972年7月に支持率42.6パーセントを記録しました。
これは同調査において1970年代の第1位の記録となっています。
1976年には、横溝正史原作・市川崑監督による映画「犬神家の一族」に金田一耕助役で主演し、これは同年の邦画配給収入2位となる13億200万円を記録するヒット映画となったことから、これ以降、石坂浩二さん主演で横溝正史作品がシリーズ化されることとなりました。
また、市川崑監督作品の常連ともなり、「細雪」、「ビルマの竪琴」、「おはん」等にも出演し、さらにテレビドラマでは「Yの悲劇」でドルリー・レーン、映画「危険な女たち」でエルキュール・ポアロに相当する役を演じます。その他、舞台「十二人の怒れる男」で演じた8号陪審員等とあわせ、石坂浩二さんは推理ドラマでの探偵役を多く演じています。
近作のリメイク版である「日本沈没」では首相役に挑んでおり、石坂浩二さんの大学同期には元首相である小泉純一郎さんがいるそうです。
このような、権勢家の役を演じることは探偵役以上に多いようで、柳沢吉保・源頼朝・水戸光圀・間部詮房・大久保利通・城戸四郎・小泉信三・山本権兵衛など、様々な時代の権力者や経営者を演じており、天皇・征夷大将軍・首相のすべてを演じた経験があるそうです。
また、石坂浩二さんはナレーションの仕事も多くこなしています。
代表的な作品には、新人時代の「ウルトラQ」や「ウルトラマン」(前半)と壮年期の「シルクロード」、「渡る世間は鬼ばかり」等があります。
私生活においては、石坂浩二さんは加賀まりこさんとの同棲生活を経て、1971年に女優である浅丘ルリ子さんと結婚します。
しかし、ほどなくして別居するようになり、2000年12月12日、女優である浅丘ルリ子さんに実母の介護をさせるわけにはいかないとして離婚します。
そして、その離婚から間もない2001年1月に再婚を発表し、その後、大橋巨泉事務所から独立し、フリーとなります。
1988年には「劇団急旋回」を結成し、自らの演出・脚本によるオリジナル・ミュージカルを数多く上演しましたが、1996年に解散してしまいます。
前述の通り、石坂浩二さんは2001年4月から時代劇「水戸黄門」の4代目水戸光圀役に起用され、史実に基づいたストーリー展開、つけ髭をしない・衣装をマイナーチェンジするなど、知的でスマートなインテリ黄門様を演じました。
2002年5月に石坂浩二さんが直腸癌の手術で入院したため、1年余りで降板
しかし、前述の通り、2002年5月に石坂浩二さんが直腸癌の手術で入院したため、1年余りで降板となり、翌月には復帰したものの、その後はしばらく俳優活動を自粛しています。
石坂浩二さんは俳優業のみならず作家や、司会者・クイズ番組の解答者など多方面で活躍しており、芸能界屈指の薀蓄を誇り、1980年代後半からの「クイズ王ブーム」の際には、毎回のようにゲスト出演していました。
共演者には撮影直前までマイペースで薀蓄を語り続けることで知られており、「白い巨塔」の撮影時、あまりに薀蓄を語るため、共演の唐沢寿明さんを閉口させたということです。
石坂浩二さんが患った直腸癌は?
石坂浩二さんが患った直腸癌は、大腸癌の中でも肛門の近くに発生する癌であり、症状としては鮮明な出血が排便時などによく見られるということです。
石坂浩二さんもその症状はあったようなのですが、最初は痔だと思い込んでいたそうで、その後に病院での精密検査を受けて初めて直腸癌を発見します。
そして、2001年5月に手術を受け、手術は無事成功し、手術の翌日から歩く練習、重湯から普通食になるほど経過は順調で、またベッドでは本を読むなど担当医も驚くほどの回復を見せたそうです。
直腸がんの治療としては、人工肛門(ストーマ)の使って社会復帰される方が多いということが知られていますが、石坂浩二さんの場合は人工肛門の必要は無かったようです。
石坂浩二さんは「信頼できる医師に出会えたことは幸せだった」と語られており、直腸癌の発覚という不幸の中でも幸運な出会いがあったと振り返っています。
やはり、癌の治療には、心から信頼できる医師に出会えるということも大きなポイントであるということを感じました。
石坂浩二さんは、2003年夏頃から自粛していた俳優活動を本格的に再開しており、現在おいても癌の再発ということな無いようです。
これからも俳優業やナレーター等で幅広くご活躍されていくのだろうと思います。