中村獅童さんの場合は?【癌の芸能人・有名人】
初期の肺腺癌であることを公表した中村獅童さん
中村獅童さんは歌舞伎役者であり、日本の俳優・声優で、本名は小川 幹弘といいます。
そんな中村獅童さんは、初期の肺腺癌であることを公表しています。
中村獅童さんの経歴・芸歴は?
中村獅童さんは、旧播磨屋であり現在の萬屋である、歌舞伎の名門・小川家に生まれ、父親は元歌舞伎役者の初代中村獅童さん(本名・小川三喜雄さん)で、母親は陽子さんです。
中村獅童さんは8歳の時に二代目中村獅童を名乗り、6月歌舞伎「妹背山婦女庭訓」で初舞台を踏みます。
中学時代はロックに傾倒し、バンド活動を開始して、日本大学藝術学部演劇学科に在学していた頃にはアマチュアバンドを結成しています。
しかし、中村獅童さんは19歳の時に歌舞伎の道を再び目指すことを決心します
ただ、中村獅童さんには後ろ盾がないため、最後列の一番端に並んでいるだけの役を演じる下積み生活を送っていたそうです。
その後、中村獅童さんは1996年、「狐狸狐狸ばなし」のおそめ役で歌舞伎座賞を受賞します。
また、翌年には「歌舞伎の見方」解説で国立劇場特別賞を受賞します。
さらに、中村獅童さんは20代半ばより、歌舞伎と並行して様々なオーディションを受け、落選が続く中、映画「ピンポン」で準主役である「ドラゴン」の役を射止めます。
この「ピンポン」において、中村獅童さんは、ゴールデン・アロー賞の映画新人賞、日本アカデミー賞、日本映画批評家大賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクールの各新人賞5冠を受賞します。
この頃、中村獅童さんは29歳であり、これ以降は多数の映画やドラマに出演するようになります。歌舞伎においても、中村獅童さんは2003年、「義経千本桜」、「毛抜」のそれぞれにおいて初の主演を務めます。
2005年5月10日、中村獅童さんは「いま、会いにゆきます」で共演した竹内結子さんと、結婚前提の交際をしていたことをオフィシャルサイトで発表し、同年6月に結婚しました。その後の会見で、竹内結子さんが妊娠3ヶ月であることも公表し、同年11月に第1子(長男)が誕生しています。
中村獅童さんが患った肺腺癌は、肺に発生する癌
そんな中村獅童さんは、2017年5月18日に人間ドックで初期の肺腺癌が発見されたことから、入院して手術を受けるために6月と7月の舞台(博多座(福岡)の「六月博多座大歌舞伎」と歌舞伎座(東京)の「七月大歌舞伎」)を休演することを公表しました。
中村獅童さんが患った肺腺癌は、肺に発生する癌です。
肺癌の一種であり、「非小細胞肺癌」に分類されます。
肺腺癌は、気管支の細い部分である肺の末梢に発症するケースが多くなっています。
そのため、末梢型肺癌または肺野型肺癌となることがほとんどとなっており、比較的、通常のX線検査で発見しやすい肺癌であるようです。
肺腺癌の初期においては、特に自覚症状はないようです。
そのため、今回の中村獅童さんのように人間ドックで初めて発見されるというケースも多くなっているとのことです。
しかも、中村獅童さんの場合、今見つかったのが奇跡的といわれるほどの早期発見だったようです。
そのため、この状況のままですぐに手術をすれば、癌は完治すると担当の医師から告げられたそうです。
今回の肺腺癌の発覚は、中村獅童さんにとってかなりショックだったと思います。
しかし、初期段階の癌であり、完治可能であったのは不幸中の幸いだったのではないでしょうか。これからも体を大事にしてほしいと思います。